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2010年8月 9日 (月)

Nagasaki

この日は長崎原爆忌。

06年に長崎へ旅行したことがあり、当時原爆のいろいろについて勉強させられたものです。
(ブログ参照 その1 その2
(マイフォト参照 その1 その2
あのときのその出来事の感想などについてはそちらに任せるとして、かなり違った“Nagasaki”があったのを思い出しまして・・・。
今まで手に入れた音楽の中でちょっと気になっていたある一曲のお話。


P1000185
9年?も前に購入した、このコンピCD(もう廃盤かと思ってましたが、Amazonにはありました)。
1920〜40年ごろの、アメリカのジャズが定着する以前の音楽を集めたもの。
このテのものは何枚か所有していますが、“JUMP”とか“JIVE”などと言われていたころで、後々のジャズの片鱗を見せながらも、まだジャズとしての音楽の形式が確立する前だから、どの曲も試行錯誤がみられて、面白い。

そのCDの中の、1曲に、
P1000186
“Nagasaki”という曲があるんです
演奏者のエイドリアン・ロリーニ(Adrian Rollini)という人ですが、ライナーノーツにもあまり詳しい事が書かれていなかったのでネットで漁ってみたのですが、主に30年代に活躍したバリトン(またはバス)サックスやビブラフォンなどのマルチプレーヤーとある。
ウィキ先生にもなかったので(英語版にはあったけど、読めない・・・)、相当知る人ぞ知る音楽家なんでしょう。

イントロのビブラフォンが気持ちいいし、途中さまざまな楽器のセッションが交錯し、スキャットとも相まって30年代当時のいかにもゴチャマゼ感満載(こういうのを、ハリー細野氏は“ガンボ”という表現をしたなぁ)で聴いててちょっと楽しくなる音楽。

でも、
これがなぜ“Nagasaki”と命名したのか、まったく不明。
江戸の鎖国時代、唯一外国との交易を許された場所で、かつ明治の初めから外国人居住区をつくって日本の他所とはかなり異質だった場所。
聴いた限りそのイメージを音楽に・・・とは到底思えないし、単純に語感と、当時の情報網からの人づたいによる長崎のイメージだけでつくられたとしか、思えない。
要は今でもよくある「外からみた、間違ったその土地のイメージ」だけなのかも。

まぁ、
それはそれで、いいと思うし、曲自体は佳曲に仕上げられているのだから(でなければ21世紀まで音源として残らないはず)。
当時のアメリカ人は、キャバレーでこの曲を聴きながら、太平洋を超えた“Nagasaki”にそれぞれ勝手なイメージをしていたのかもしれませんね。


そして、
この曲が作られて10数年後、世界中が知るあの事実が・・・。

1945年当時、当時のアメリカ人の音楽通がもしこの曲を知っていて、この日の事実が新聞やラジオで知った時、どう思ったのか、ものすごく狭いことを考えてしまうのです。
ひとつの土地のイメージに、歴史それぞれ、人それぞれにあらゆることがあって、それは決してイメージはひとつではない、と思う一例。


いつか、
何十年後か何百年後か、
“長崎”といえばこの日の出来事を上回るほど、世界中が今回とりあげた“Nagasaki”の曲のように楽しいイメージが浮かぶ土地になる日がくることを・・・。

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