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2009年9月

2009年9月29日 (火)

苦月渋月

いま、
この秋がいちばん・・・(以下自主規制)。

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2009年9月27日 (日)

ヒサビサタツタ

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巷で話題の、限定復活“チキンタツタ”!

しょうゆ味のタツタもふわふわバンズもおいしかった〜♪
あの〜、せっかくだからバラで売ってもらえません?


ちなみに、食べた店。チキンフィレオもありましたよ>超私信

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2009年9月26日 (土)

あふたーうちなー

連休明け。
予想どおりの残業三昧・・・(今日も仕事でした)。

早いもので、あれから一週間か。
なので、

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コイツで余韻にひたっております。
(現地のジャスコで箱買い。ヘタな土産屋よりも沖縄ローカル商品が豊富に揃っておりました♪)

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2009年9月23日 (水)

帰って、さらに旅行記アップ完了!

4日間の旅行から戻ってまいりました。

と同時に、
旅行記(mixi動画含む)を先ほど、すべて一気にアップ完了いたしました。
帰ってから、夕食後、カバンの片付けもそこそこにセッセと。

『そんな短時間で、なんで!?』
旅先にPCを持って行ったわけではなく、かといってホテルのロビーのPCで書いていたわけでもない。
今回持参した秘密兵器。

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ポメラが大活躍してくれました。
実はホテルの部屋とか、飛行機の機内とかで忘れないうちに文章を作っていたんです。
デジカメのファイルナンバーも文章内に入れておいて、帰宅後のブログアップは文章をコピペ。そしてアップする画像をそのナンバーにならって解像度変換(と、ちょっと画像処理も)をしてココログの作成画面に貼り付け。あとはちょちょいと校正して、完了。
なんとか22日中に間に合った・・・。

ある意味、リアルタイムの日記となりました。
それだけ、文章まとまっていないところも、多々ありますが・・・。

旅行記はまず、こちらからご覧いただけると幸いです。
きっと、あまりにも長過ぎて読む気なくなること請け合いですから(おい)。

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2009年9月22日 (火)

ちゅらうちなー(最終日)〜サプライズ!? そして、エピローグ

3日目その3からの続きです)


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出発直前、にわか雨が・・・。


沖縄旅行、最終日。
この日は事実上「帰るだけ」のスケジュールでしたので、旅行記として文章が成り立つかと思っていたのですが、帰りの飛行機だけで2つも印象に残る出来事がありました。

【その1:離陸時のサプライズ、ではなかった】
離陸直後。
地面から離れた瞬間、飛行機の出力がいきなり落ち、しばらくギリギリの低空飛行。
「なにがあった!?」と気が気でなかったが、左手の眼下には珊瑚礁に囲まれた、ガイドブックで見たままのナガンヌ島(たぶん)の美しい景色が。
最後も沖縄の美ら海に見とれる。

機長がイキな計らいをしてくれた・・・と思っていたのですが、着陸後に乗務員に聞いたところ、『米軍の制空権の影響で、最初から高度を上げられずしばらくそう飛ばざるを得ない。』とのこと。な〜んだ(とがっかりですが、パイロットは操縦タイヘンだろうな)。
でも、那覇発の便に乗るには席は“A列”を押さえておくべきと、思いました(余程の悪天候でない限り)。


【その2〜着陸時のサプライズ、どころか】
セントレア着陸で、ゴーアラウンドを初めて体験。ハッキリ言って心臓によくないわ・・・。
機内のスクリーン。離着陸時は前方が見えるようになっていて、その映像を見ながら着陸を待っていたのですが、滑走路の中心線から機体がずれているように見えたのでおかしいとは思ったが・・・。

程なくして流れた機長のアナウンスは『安全上の理由』とのこと。
空港のデッキから見ていた人々は、さぞ何だとおもったでしょうね。

その後、ぐるっと旋回して10分余分にかかってこんどは無事着陸・・・。
まぁ、伊勢湾一周空のクルーズを追加体験したと思えば、それもアリか。
(でも、二度とゴメンだ)


最後の最後まで楽しませてくれた沖縄旅行でした。
(デジカメ禁止タイムだったので、これらの画像はなし。こればかりは実際に乗らないと・・・それか、次飛行機に乗る時はフィルムカメラか写ルンです持参かな)



【エピローグ:旅は“審微眼”を養う】
4日間の沖縄旅行が終わりました。
「中身の行動はその時その場で決める」行為を今まで以上に強めた結果、今までにないほど予想以上の結果をもたらしてくれました。

行動自体はパックツアーも真っ青の過密な行程だったかもしれませんが、ひとつひとつの密度が非常に濃く、他人に連れて行かれる行動とは違い、自分からの行動なので、例えそれがハズレだったとしても、それは仕方ない話(事実、ちょっとしたハズレ、書いてないけど結構あります)。
そのときどきでちょっとダメかなと思っていたときでも、ちょっと向きを変えるか、しばらく待てばその少し後には予想を超える結果が待っていた。
夕日や、ラストのライブがその、良き例。

滞在中、自らが行ったところはどこも思ったほどの混雑はありませんでした。
国際通りの混雑は例外としても、例えば美ら海水族館へ行くだろうなぁという名護市内の渋滞、自身は反対方向だったし、結果的にはガイドブックから“少しそれた”場所が良かったと。


今回の旅行で、ちょっとした発見があった。
古宇利島のあの美しい海を見たあと、「ひょっとして、自身には“審微眼”があるのかな。」と気がついた。

審美眼とは違います。
美的センス、本物を判断する眼力とは違い、その一瞬でどういう判断をするのがいまのベストなのか。それは場所、時間、その他もろもろのシチュエーションがからみあい、そのバランス次第で小さくも大きくも影響するほんの微々たる差を瞬時に決める力。
それが“審微眼”。

瀬底島へ行く途中、道中の景色や人の集まり具合をインプットしていなければあの夕日は見られなかったし、名護の出発前に海岸へ寄らず、かつ住民に声をかけなければ古宇利島のあの美ら海を見ることができなかった。

また、遠回りでも結果オーライだった例として、おつかいの一品も結果は那覇にあったが、コザへ行かなければそれは見つけられなかったし、夜のライブも最初はダメでも辛抱強く待てば最後はハッピーなラストだった。


一人旅を楽しむための、ちょっとした訓練。
それが仕事や日常生活になかなか生かせられないのがもどかしいのですが、旅先って、案外こういう判断を決めるのが楽しいのかも、しれません。


もちろん、「あれ行きたかったこれ食べたかったそれしたかった」を言い出せばキリがありません。
それは、次回またここを訪れたときに、遂行しようと思っています。


(おわり)

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2009年9月21日 (月)

ちゅらうちなー(3日目その3)〜飲んで、歌って、そして踊って

(この日記は22日に作成いたしました)

3日目その2からの続きです)


いよいよ最後の夜となってしまった沖縄。
それを楽しむため、一度行ってみたい場所があった。

“ライブハウス”(またはそれに準ずる酒場)
市内いたるところで沖縄音楽のライブがあり、かつ内地でも知られている有名なアーティストだってここに行けば定期的にライブが見られると、いう。
どこへ行こう。

コンビニへ寄り、地元タウン誌を立ち読みして店を決める(いつも旅先ではそうしてます)。ホテルからも近いし、小さな居酒屋のよう。
そこへ入ってみるが・・・、満席。

『申し訳ありません。お待ちいただけるのなら携帯教えていただければ席が空いたときに連絡いたしますので。』

番号を伝え、いったん店を出る。
国際通りをウロウロしていること約1時間、TELが鳴った!


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その店に入り、沖縄入りしてようやく初めての“泡盛”を注文。
度数の少ないものにしたけど、1合だけでかなりきます。
でも、こういうところで飲む地元の酒は、うまい。

飲んでつまんでをしていると、店長が『ライブやりますんで、よろしければ。』

上の階の座敷に案内され、程なくして、
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ライブ開始。
店長は石垣島出身ということで、石垣の民謡から始まり、谷茶目(たんちゃめ)、安里屋(あさどや)ユンタといった民謡の定番から、花、ハイサイおじさん、涙そうそうといった最近のものまで。
後者の3曲、特にハイサイおじさんは作られた時は古典派の奏者からは決していい顔をしなかったという話を聞いたことがある。でも、今では島中誰からも愛されているし、涙そうそうも新しい曲なのに、いつのまにか島唄の定番となっているよう。
さらに、オリオンビールの歌がよかったなぁ。

ライブはだんだん盛り上がり、
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最後はカチャーシーで。
もちろん、自分も見よう見まねで参加させていただきました。
地元の人も旅行客も、ひとつになって。
理屈抜きで、楽しい。

終わったあと、ライブの時間同じテーブルだった方達と飲み直し。
同じ旅行でここへ来た方と、あとは現地の人かと思いきや、移住されている方と、その方の友達で旅行に来ている方と意外な組み合わせでしたが、その移住の方から沖縄のディープな話を伺ったり、時に荒俣宏も真っ青の民族学の深〜いところまで・・・。

旅の一期一会。
沖縄では歌と、踊りでつながっていくんだな。

カンバンを大幅に過ぎても、その会話は止まることなく、夜は過ぎていくのでありました・・・。


つづく

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ちゅらうちなー(3日目その2)〜おつかいネットワーク

(この日記は22日に作成いたしました)

3日目その1からの続きです)

沖縄の海は充分すぎるほど堪能させていただきました。
この日は再び那覇に戻るのですが、沖縄でもうひとつ行きたい場所があって、さらに会社の上司からあるものを買ってきてくれと頼まれていた。
その2つのミッションを遂行するために、初めて高速に乗る。

ここで、突然レンタカーのインプレ。

今回のレンタカー、フィット君。
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1300ccのCVT。意外と力強く走ってくれて、CVT特有の違和感もあまり感じなかった。さすがエンジンのホンダ。
それでも、排気量がゆえDレンジでは力不足を感じるのですが、Sにしておけば不満なし。さらにLレンジにすると急な下り坂でのエンジンブレーキが強烈に効くので、むやみにブレーキペダル踏まなくてもいいのがありがたいです。
100km/h巡航時はCVTだからか2000〜2800rpmの範囲で状況により変動。意外と静かでした(オーディオのボリューム上げなくて済む程度)。
ただ、見切りがすごく悪い。レガシィ乗りならわかるかと思いますが、ボンネットが見えないのはすごく不安に感じるのよ。クルマが小さいのはわかっているのですが、バンパー擦らないかなと思って・・・。

カーナビにAUX端子がついていて、ダッシュボードの中にコードがあったので、思わず、
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iPod持ってきて、よかった〜。
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あと、このポケットはよくできてるなと思いました。

ちなみに、今回の行動距離320kmでしたが燃費15.2km/l(燃費計)はこのクラスとして不満。
受け取ったときにガスが充分入っていなかったか、渋滞が影響したか、定かではないですが・・・。


閑話休題。
さて、午後の行動開始。たどり着いたのは、
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コザ!
ここだけアメリカが漂う一角。歴史だとか背景を考えるといろいろありますが、この雰囲気は国際通りとはまた違う別世界。
(実はこの日の午後、雨が降り出す。傘なしでギリギリの状態でしたが)

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ただ、昼間は非常に閑散としています(逆に、初めての人間には昼間でないと行きづらい)が、ここはやっぱり別世界。
ちなみに、ここまで来ると道路のレンタカー率がグッと減ります。
そのかわり、Yナンバーの比率が異様に高くなります。

まずは昼食。
せっかくここに来ているのだから食べきれないほどデカいハンバーガーとかないかなと探していましたが、見つからず。
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代わりに、タコスを。
揚げたトルティヤも、中の具もおいしかった。ソースも思ったほど辛くなく、日本人好みの味付けかな?

さて、ミッション開始・・・なのだが、求めていたのは“米軍払い下げのある一品”
営業している店がひとつだけあったので、そこに入って見て訪ねるが、『あぁ、数日前に売れちゃったねぇ。』
そしたら大将、『観光客? これからドコいく?』「那覇に行きますが。」『だったら知り合いの店にあるかどうか聞いてみるから。』とツテをあたってくれた。

2軒目でヒット。電話番号とだいたいの場所を教えてもらい、お礼を言って店を出る。

クルマに戻って、カーナビに電話番号を入れて検索したら・・・、
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一発で出た。
目的地付近以外ではナビの道案内を無視して(そのへんがHassyらしい)、チンタラ南下、那覇へ戻る。

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店は那覇の市街地と、首里城の間の通り沿い、前日同じ道通ってるじゃん。
店に入り、コザから訪ねてきた件を話して、店長から3、4品みつくろってもらい、その中の調子良さげなモノを購入。

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折りたたみのスコップ(もちろん払い下げの中古)。これを頼まれていました。
国際通りにあるかと思って実は初日の夜に探していたが店が見つからず。コザならあるだろうと思って行ってみたのですが、実際にあった店は意外な場所でした。
そもそも、国際通りはそういう店はほとんどないそうで、実はコザの店で当たってくれた1軒目はそこにあったのですが、お店が休みということで・・・。
あと、コザの大将からはこういう払い下げ品がなぜ商売として成り立つのか、意外なウラ事情を教えていただき、「え、そんなことあるんですか?」『いや、そんなの普通によくあるよ。』

話を戻して、
那覇の店で無事購入、教えてくれたコザの大将にお礼してもらうよう伝え、店を出たのでありました。


夕方、ホテルにチェックイン。
いろいろあったけど、残り一晩、沖縄の夜を残すのみ。
最高の夜になればいいけれど・・・。


つづく

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ちゅらうちなー(3日目その1)〜本当の美ら海を教えていただいたもの

(この日記は22日に作成いたしました)

2日目その3からの続きです)


3日目。
明日の最終日は「帰るだけ」の日程のため、今日も充実した1日になればいいけど、実は、昨日以上に、どこへ行くか、決めてない。
しかし、この日のホテル。窓からの眺めがすごく良くて・・・、

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これだもんなぁ。
帰りたくなくなってくるよなぁ・・・。

実はここ、某プロ野球球団が2月のキャンプのベースにしているところで、隣に球場があったりします(選んだ理由はそれだけ)。
この日は10時過ぎのチェックアウトとかなり遅め。でもそのあと、出発前にいちどこの海岸を散策してみることに。

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なんでこんなに綺麗なんでしょうね。
右の写真に写っている方、釣りの準備をしていたようなので、声をかけてみる。

60代くらいの女性。何を釣っているのかは聞いたことない名前でしたので忘れましたが、実はこの方、20年ほど前に関東からここに移住してきたという。そしてヒマをみつけてはここへ釣りに来ているそうな。

沖縄の海の綺麗さを話していたら、
『こうり島には行かれました?』「コウリジマ? どこにあるんですか?」『あっちのほうかな? 今は橋が架かっててクルマで行けますよ。私そこから眺める海が好きなんです。ここよりもずっとずっと綺麗ですよ。』「そうなんですか、時間があったら寄ってみます。」

クルマに戻り、ナビに探索させたら、所要時間40分とでた。行ける!
というわけで、いきなり予定変更。

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教えていただいたのは“古宇利島”。
位置はこのあたり、その間にもうひとつ島を渡るんだ。

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途中の屋我地島で遠回り。沖縄じゅう至るところで見られますが、サトウキビ畑の間を縫う。
歌の歌詞のとおり、ざわわざわわと奏でていました。

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この橋を渡ると古宇利島(画像は島側から撮影。
ハテ、どこがよく見えるのか・・・。

道中、何台かのレンタカーが路側に停めている。やっぱり目的は同じかな?
そんな中、

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ここはどうだ?
撮影した場所がちょうど1台停められるスペースだったのでクルマはそこに置いて、右手の砂利道から歩いて海の方に降りてみる。
その間、数台苦労しながらすれ違っていたなぁ。

徒歩5分。途中手をつかなければ降りられないほどの急斜面をなんとかすぎるとそこには想像だにしなかった光景が、

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え!?
砂浜へ降りる。

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しばらく思考停止。
こんな場所が、あったんだ。

決して広くない海岸だけど、
あおいそら
あおともみどりともいえないうみ
しろいすなはま
そして、砂浜に足跡が一切、ない。

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まさにいま、自分だけの空間。丘の上に上がって、しばし波のBGMを愉しむ。
その間、なにをかんがえていたのだろう。

(mixiに動画をアップいたしました→その1 その2

ひょんなことがきっかけで、大きな経験を得ることができました。
地図には載っていない、自身にとっていちばんの美ら海を、この目で見ることができました。

この直後から、徐々に空が青から灰色に・・・。
なにもかもがうまくかみ合った、ベストタイミング!
すべてにおいて最高でした。


名護で出会ったおばさま。最高のものを教えていただき、ありがとうございました。


つづく

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2009年9月20日 (日)

ちゅらうちなー(2日目その3)〜いり・えすこーと

(この日記は22日に作成いたしました)

2日目その2からのつづきです)


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この日見た夕日。
コトバを失う美しさ・・・。

ただ、これが見られるまで、ちょっとしたできごとがありまして・・・、


那覇から南部を廻ったあと、今日の宿の場所、名護へ向かいます。
高速道路もあるのですが、時間充分なので沖縄のメインルート、R58を中心に北上。
ほぼ海岸線ぞいの道、左に見える海を見ながらチンタラと。

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信号待ちの時点でもこの景色だもんなぁ。

気になったら停められる場所にクルマを停めて、いい眺めはないかとチェック。
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ついでに、
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左は紅いもアイス。しっかりイモの味がしました。
右は“おやくそく”ですね。

さて、
ここまで海がきれいだと、さぞかし夕日はもっとキレイだろうなぁと、夕日が見られそうなスポットを探すことに。
できれば、穴場的なところ。

最初は万座毛がリストにあがっていたのですが、クルマが多すぎてパス(というか、たどりつけなかった)。

名護市内の泊まるホテルを通り過ぎ、「ここならどうだ!」と向かったのは、

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ここを左折すると橋があり、その先は陸路で行ける離島、瀬底島という小さな島がある。
その先に行けば、きっと・・・、

だが、失敗。
ビーチはあるのだが、駐車場がなくクルマが停められない。
ほかはないかとグルグル回っていたが、行き止まりを食らったり、陸の配分が大きすぎて海が見られなかったり。
このとき18時、推定30分後の日の入りまで時間がない。

行き止まりの100m手前、わずかなスペースで思案していたら、別のレンタカーが通り過ぎようとしている。思わず声をかける。
「その先、行き止まりですよ!」

そのクルマのドライバーも、夕日を見たくてさまよっていたよう。
『見られる場所、ありませんかねぇ、』「この島いろいろまわったけどダメみたい・・・あ、ここにくる途中でここかも、という場所があったなぁ。あなたはどの道から来たの?」『(地図開いて)たしか、ココかな?』「えーと、このあたり、クルマ何台か止まってたからたぶん行けると思う。」『日の入り、間に合うかなぁ。』「10分くらい、たぶん大丈夫。・・・なら、ついていく?」

ということで、先導になってその場所へ。
それで、たどり着いたら、冒頭の場面が目の前に!

向かうときは見過ごしていて、クルマが数台あったのでなんだろうと思っていたが、そこは小さなビーチだった。
当然地図にはない全くのノーマーク。かつ時刻もナイスタイミングのギリギリセーフ。まさに逆転ホームラン。
形容しがたいエメラルドグリーンが輝く水面の上で、夕日を拝ませていただいたのでした。
沖縄、いいなぁ・・・。

ちなみに、その同行してくれたレンタカーの主ですが、
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ごめん、勝手に写した。
姫路から来たという若い女性2人組。この場だけの時間でしたが、旅の一期一会は大切です。

別れ際、『いい場所を案内してくれてありがとうございました。・・・ところで、沖縄って何度も来てはるんですか?』「いや、初めて。」『・・・! じゃあなんでこの場所わかったんです?』「う〜ん、どうしても夕日が見たかったから、カンが冴えて。」


そのため、チェックインまで1時間以上遅れたけど、と考えるのがいけないんでしょうね。
ここは沖縄なんだから(ここではいい意味で)、もっとポレポレでいかないと。


つづく

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ちゅらうちなー(2日目その2)〜その“事実”が知りたい

(この日記は22日に作成いたしました)

2日目その1からの続きです)


【その1】では主に琉球王朝の遺稿を訪ねるのが目的でしたが、この項ではは沖縄を知る上で絶対避けて通れないことを訪ねました。


沖縄戦。
1945年4月〜6月まで、日本で唯一の地上戦となった場所。いま、ここに来ている。

今まで広島、長崎、知覧と、第二次大戦に関連する国内の由縁ある戦跡などの施設に関してはそこへ旅した際に必ず訪れるようにしています。
今回、沖縄ということもあって、今までとは違う何かがあるのかもしれないとある種身構えて臨むのでありました。


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最初は摩文仁(まぶに)にある平和祈念公園。6月の慰霊祭の会場にもなる場所。
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そのメインとなる平和祈念資料館。まるでリゾートホテルのようなたたずまいですが、その中の展示室は沖縄戦の生々しい記録や資料が並べられています。

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この石碑は有名ですね。
沖縄戦で命を落とした人々の名前が、沖縄県、県外を含め、さらには米軍兵士の名前も刻まれています。


次は、
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ひめゆりの塔と、ひめゆり平和祈念資料館
いままで知らなかったのですが、塔のすぐ前はひめゆり部隊が最後まで抵抗していた“ガマ(防空壕)”の一部がそのまま残されていて、かつ資料館は生き残ったひめゆりの同窓生から出された資金や寄付で建てられていて、国や県からの資金は一切ない、という意外な事実。

館内を廻っていると、そばにいたひとりの老人がしゃべり出す。
それは、実際のひめゆり部隊の数少ない生き残りとして、ここで語り部としてガイドされている証言員の方。
どちらかというと“普遍的な”説明ではありましたが、その“事実”を目の当たりにした方の説明はたとえ普遍的でも、その言葉の重みが、違う。
ここでとても説明できるものではありません。実際にこの耳で聞くしかないと、思っています。

さらに、先の摩文仁の祈念館にもありましたが、沖縄戦を体験した方々の証言文が閲覧できるスペースがあり、そのいくつかを読んでみたのですが、時々思考が停止してしまい・・・。


次は、喜屋武岬。
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ここにも慰霊碑はありました。
本土最南端の地、視線をパンすると、
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この、青い海。
当時の6月、追いつめられた兵士や住民はこの場で・・・、
さらに、この青い海には米軍の軍艦や船がぎっしり並んでいたといいます。
陸からも、海からも包囲された人達の心情までは、とても理解することができません。


最後は、
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こういう施設(旧海軍司令部壕)もありました。
沖縄戦で、海軍の拠点とされていた壕が残されているということで。
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なんか壕というわりにはかなり立派に造られているところに意外性を感じたのですが、
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これを目の当たりにすると、さすがに言葉を失います・・・。


歴史なんて、所詮あとから脚色できたり、下手すればその出来事そのものさえねじ曲げられることができる、というのが持論。
ですが、第二次大戦の出来事というのは現時点ではまだそれを経験している人がいて、その場所のいくつかは、その状態のままで残されている。
さらに、本土の事実と違うのは、生き残った方々は空襲と違い、実際に“戦争として戦っている”こと。
それも、表面上は当時の敵、米軍なのでしょうが、これらを見ていて感じたのは実は米軍ではなく、ひとそれぞれ抱えていた“なにか”ではないかと。


戦争の是非とか、思想うんぬんを語る前に、我々はその“事実”をほとんど知る機会がないと、思うんです。
以前も綴っていますが、中学高校では近代史というのを学ぶ機会が、ほとんど、ない。
でも、幸い、その時代はその出来事を“事実”として教えてくれる方々がいまもご存命ですし、その戦跡も未だ遺っている場所が、ある。

そもそも、こういうことに興味がいくようになったのも『近代史をロクに学ばせてもらえなかった』反動、ということもありますが、この日のこれらの事実を目にしたとしても、戦争とは何か、という回答は永久に出すことはできません。


また、近いうちに、訪れたいです。
それも、日に日に事実が歴史になっていく課程のなか、少しでも事実として残されているものが消えていかないうちに。


つづく

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ちゅらうちなー(2日目その1)〜琉球・城めぐり

(この日記は22日に作成いたしました)

1日目その2からの続きです)


朝起きて、朝食とって、いよいよ本格的に沖縄行動なのですが、
実をいいますと、「具体的に、この日はどこをどう巡るか、あまり決めていない。」

ガイドブックと地図をにらみながら、次のホテルまでの時間までにどれだけ、かつ充実して行動できるか。かつ、必ず行かなければならない場所もおさえつつ・・・。

この日はどちらかというと沖縄の“定番”コースを巡る。
順序が前後しますので、テーマ別にして【その1】【その2】に分けて綴ります。


ホテルを出て、9時に最初の場所へ。
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・・・説明いりませんね。首里城です。
「どうせ再建城だし、大したことないでしょ。」とタカをくくっていた自分が甘かった。
本殿そのものは確かにそうですが、
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この石垣のスケール見てしまったら、いままでタカをくくっていた自分はお城に土下座するしかありません。
とにかく広い! 複雑! 石垣も日本本土のそれと違ってすき間なく、緻密に積み上げられている!!
中国大陸の影響があるらしいですが、カルチャーショックを受けてしまったのでありました。

メインの本殿なんですが、
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残念ながら、現在外装の修復工事中ということでこういう姿ですが、思った以上に大きく、その前の敷地が広い!
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中はとにかく豪華絢爛。平清盛も真っ青の派手さですね。

奥へ進むとこういう建物も。
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南殿。こちらは日本の書院造の影響を受けているか。でも屋根は明らかに琉球のアレであって、ミスマッチが醸し出す不思議・・・。

しかし、日々綴文的にもっとも感動したのが、
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この“曲線美”!
万里の長城にも負けないこの美しさに、完全に見とれてしまいました・・・。

さらに、
沖縄では首里城ほどの規模はなくとも、各所に琉球時代の城があり、現在も石垣が残されている場所があります。
そんな中、一ヶ所訪れましたが、そちらはもっとスゴイ!

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本島の最南端、喜屋武(きゃん)岬にあった具志川城の石垣跡。
12〜15世紀のものらしく、ただいま修復工事中とのことですが、修復といってもこの今にも崩れそうな石垣が少しでも崩れないという程度、らしい。
もうなにがなんだかわからない状態。よく残ったよなぁ。
でも、向きを変えると、

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この美しい海。
沖縄は初めてですので、当然沖縄の海も初めてですが、写真で見たとおり、いや、それ以上に“青さ”が違う。
なんか、沖縄の人たちの心のおおらかさがわかる気がします。


次は沖縄を知る上で絶対なくてはならないもの。とにかく、この目で見ないとわからないことはたくさんあって、少しでもこの目で感じたかったから。


【オマケ】
首里城の敷地内で、見慣れない花が。
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彼岸花に似ているようだけど、地面ではなく木の先に花がついているし。
札があって、“オオゴチョウ”というのだそう。沖縄では有名だそうです。

下から見上げてみたら、
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なんとも不思議な・・・。


つづく

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2009年9月19日 (土)

ちゅらうちなー(1日目その2)〜まずは下見ってとこか

(この日記は22日に作成いたしました)

1日目その1からの続きです)


今回、初めての沖縄旅行。
現地のアシですが、定番でいちばん気軽なレンタカーを使用することに。
空港を出てからレンタカー会社のシャトルバスに乗って営業所まで行き、手続きして・・・。

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今回の旅先でお世話になるフィット君です。
(一番無難だったなぁ。実は、街中では一度も見たことがないまさかまさかのヒュンダイ・i30がレンタの車種としてあった。正直これに乗りたかった・・・)
まずはこれで今日の宿まで。

・・・なのだが、那覇市街地までそんなに距離はないはずなのに、夕方ということもあってずっと渋滞。なにもなければ15分ほどで到着する距離なのにカーナビの到着予定時刻が現在時刻と比例するかのようにずれていく・・・。
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目的地直前まで、ずっとこんな状態でした。

正味1時間近くかかったか、ようやくホテルに到着。荷物を置いて、まずは今日の夕食のために外へ出る。

ホテルから徒歩10分強。行ってみたところは、
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国際通り。沖縄一番の繁華街。
実際、この通りだけ人混みはハンパじゃない。とにかく賑やか。
いたるところで“沖縄”を垣間見る中、適当に入った店で夕食。

「沖縄の料理は独特だから、アレも食べたいコレも食べたい。」と欲張りな自分。

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まずは生(もちろんオリオン)。
そして、
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こういうセットがあった。
真ん中はソーメンチャンプルー、左はミミガー、右は中味汁といって、沖縄そばのだしによるモツ煮のスープ。
どれも意外とあっさりしていて、ウマイ!

ついでに、聞いたこともない名前のメニューがあったので、おかみさんに内容を聞いてそれも注文。

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グルクンの唐揚げ。
そもそもグルクンってなに?なんですけど、写真のとおりの魚、ということで・・・(頭も食べられます)。
これもうまかった。形容?・・・そんなの、ムリ。

その後、国際通りを散策。
日本のどの場所とも、先日行った上海とも違う独特のにぎわい。沖縄旅行は始まったばかりなので、この日は雰囲気をつかむ程度にとどめる。

ホテルへ戻って、TVをつけたら、
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こんなローカル番組をやってました。

フルに行動する明日からの2日間、いったい何が待っているか、期待を胸にしながらこの日は早めにフトンに潜りました・・・。


【オマケ】
数年前、那覇市内にモノレールが走るようになりましたが、もっぱら沖縄の主要の交通手段はバス。
見る人が見れば、非常にバラエティにとんでいて、バリエーションがとにかく豊富(なにが?)。
それを見ているだけでも、意外と飽きません。

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このバス、ここまでやるか!?
この写真出したところでいったい何がなんだかわからないでしょうが、バスマニアだったら元の所属がどこだか、わかってしまうんでしょうね。


つづく

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ちゅらうちなー(1日目その1)〜ダラダラプロローグ

(この日記は22日に作成いたしました)


いよいよ始まりました、4日間の旅行。

過去何度か、2年に一回くらいのペースで大きな国内旅行を行っておりますが、いままでは陸路(たいてい鉄道)でひねくれたルートを探りながらの移動をもっぱら重視しておりまして、飛行機はよほどの場合でない限り、しかも片道のみに限定していました。

今回、初の往復飛行機。
国内でどうしても行きたかった場所は空路でないとスケジュールがうまく組めないため、苦手な飛行機をあえて選択。
さらに、空港までの足以外は鉄路いっさいなし!といういままでありえなかった旅行。
それに、秋の五連休ですし、通年人気の場所ですので少なくとも席だけは、ということで5月のGWすぐあとに席と寝床だけ早々に予約。
そして、数日前からやってきて心配していた台風もうまくそれて問題なし。天気予報もこの先の大きな崩れはなし。まずは絶好の旅行日和となったのが何よりのプラスでしょう。でも結局この日まで中身の行動を全く考えておりません。
はたして、どうなることやら。


お昼、
セントレアに着きまして、まずはコイツが質問してくる。

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オレに聞かれてもなぁ・・・。

いよいよ苦手な搭乗手続きへ。
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連休初日。混雑は予想していたが、手荷物カウンターはこの状態。
手続きが終わるまで40分並びました・・・。

兼ねてから苦手だった着陸の恐怖に関しては2週間前の上海旅行のおかげでかなり薄れましたが、飛行機のなにが苦手かというと、「乗る前と降りた後の手続きのめんどくささ」。
電車だったら気軽にさっさと行動しますが、ひとりで飛行機乗るのは今でも迷子のようにかなり躊躇するんだよなぁ。

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今回乗る飛行機はB777ー200。
通路が2列もある飛行機に乗るの、かなり久しぶりな気がする。
しかも、比較的新しい機種だから、シートも今まで乗ったヤツと違って硬めで座り心地いいぞ(でもメチャクチャ狭いけど)。

当然満席かと思ったら、意外と最後まで「空席あり」でした。
しかも近い時間に出る同じ行き先の別便も満席にはならなかった。
ほかの行き先の便はすべて満席だったのに、なんで・・・。

14時15分、離陸。
ただ、台風の影響か、気流がひどかったようで、離陸後20分くらいはかなり揺れました。
大学のとき、人生最初に乗った飛行機でいきなりエアポケットを体験しているので、これくらいの揺れはどうってことない・・・はずなんだけど、やっぱり潜在的に「落ちたらどうしよう。」って思うんですね。
実際、ちょっと気分悪くなったし・・・。

それが過ぎてからは平穏に。
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やはり、飛行機に乗らないと見られない、この景色はすばらしい。
ただ、今回は通路側しかとれなかったのが残念でしたが・・・。

2時間ちょっとのフライト。無事に目的地へ着陸。
(飛行機降りても荷物受け取るまで結構時間かかるんだよなぁ)

ここでようやく、今回の旅行先の公開です。

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ハイサイ!
いちど行ってみたかった沖縄。
あらゆる意味で訪ねてみたかった沖縄。

日本国内ではありますが、ここはあくまで“オキナワ”。
こっちは国内、あっちは海外と割り切ることが難しい、イメージとしてはどちらともとれない場所。

そのチャンプル感は果たして自身の五感でどう感じるのか(なんか大げさ)。


いよいよ、“行動”の始まりです。
つか、所詮ブログの旅行記なのに目的地に着くまでここまでダラダラ綴ってしまうのって、自分でもどうかと思うんだけど・・・。


つづく

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これから出発

これから出発
いまからミュースカイに乗ります
かねてから予定していた4日間の旅行、いよいよ今日から
実は喉はまだ完治してませんが、朝に医者へ行って薬はしっかりもらったのでなんとかなるでしょう
旅行記は今月中にアップ、できるかなぁ

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2009年9月18日 (金)

どとう

どとう
ここ最近、「今週はハードだった」と毎週末口にしてる気がする…

月末がリミットの案件、終われる自信がありませんが(おい)、明日からはそれを忘れるようにします

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2009年9月16日 (水)

さん?

この日から、新しい日本の政治の夜明けが・・・。

・・・は、おいといて、


残業後でヘトヘト中(しかもまだ療養中なのに)、TVで件の話題を見ていましたが、閣僚発表時の新官房長官による紹介に違和感を感じた。

それぞれの閣僚に「さん付け」していたんです。
(かつ、一部は敬称略・・・だったような→Youtube参照)

ちょっと考えれば今後の政治を少しでもソフトにしたいのかな?という意図はわからないでもないのですが、
自分の会社の人間を紹介するのに、たとえ上司でも「さん付け」しませんよね?
いわゆる身内になるんだから、逆にさん付けしたら失礼でしょう。


ま、
何もかも初めてのことでしょうから、期待値そこそこにしばらく見守っていくつもりですが、
こんなところにアンテナが反応する自分もいったいどうなのか、なんて思っています。

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2009年9月14日 (月)

The Fab Four

数年前だったか、
確か、ラジオか何かで、学生は『“世界で最も成功したバンド”の音楽が嫌い。』という話題を耳にしたことがあります。
「あれだけ素晴らしい音楽なのに?」と思っていたら、その理由が意外。
数名の学生にインタビューしたら、こんな答えが。
『音楽の教科書に載っているから。』

・・・少しショックだったけど、なるほど、とも思った。
高校の同級生で、『私が好きだったり有名な小説が国語の教科書に載っているとなんかイヤだし、面白くない。』と言ってる人がいたなぁ。
もっとも、読書しない自分は高校あたりになると現国なんかどうでもよかったですが・・・。


・・・そろそろ、本題にいきましょうか・・・。


“世界で最も成功したバンド”。このコトバを使えばアレしかないでしょう。
しかも、2009年のいま、最も話題の、あのバンド・・・。

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ビートルズ。
買っちゃいましたよ。ボックスセット2つも!

過去チラっと書いたことがありますが、中学生のときにハマっていました。
時代がおかしい? 確かにそうですけど、時代としては初CD化されたあたりですね。

それ以前は名前くらいだったんですが、ラジオで特集されていたのを聞いていて、「いままで何気に聞いたことがある、あの曲この曲、みんなビートルズだったの?」という衝撃を受け、当時は中学生だったから、レンタルレコード屋さんでCDを借りてテープへダビング。相当繰り返し聴きました。
さらに、当時熱心に聴いていた地元の夜のラジオ番組のDJがビートルマニアで、そこからもいろいろ影響を受けていました。
何曲かは、実際に歌詞を覚えました。
さらにそれが功を奏して、英語のテストのときにビートルズのある1曲の歌詞がでてきて「これだ!」と答えが浮かんだこともあったっけ(あとにも先にもその1問でしたが・・・)、


時代は過ぎ・・・、
アンソロジーとかその他もろもろとか、あれから事あるごとに話題になってはいましたが、CDとかのメディアを買うまでの勢いは、なかった。
けど、今年になって、先述のボックスセットが出ると知って、再び火がついたわけでして。

当時の音を再現すべく、4年もかけてリマスターしたというんだから、買うしかないでしょ。
さらに、黒いボックスだけにすればいいものを、白いボックス(モノ・ボックス)も。

まだ全部聴いたわけではないのですが、
「モノ・ボックスを買って大正解!」
というのも、モノラル録音のはずなのに、音の臨場感はなぜかこちらのほうが上。
初CD化のときはステレオだった“Help!”~“The Beatles(ホワイトアルバム)”だって、どういうわけかモノラルのほうがいいです。
というのも、当時はモノラル重視で、ステレオ盤はムリヤリそうした、らしいですね(最初“カラオケ用か?”とも思ったし)。
売り込み方法、音楽、録音技術、すべてにおいて革新だったビートルズも、「当時ラジオはモノラルだし、大多数の家庭のレコードプレーヤーもモノラルだった」という理由で、モノラルミックスに重点を置いたよう。
ビートルズにおいてたったひとつだけ選んだ“保守的”。意外でした。

カセットはここ数年聴いていなく、単純に音の比較はできませんが、「レコーディングスタジオでの音に極力近づけた」というだけあって、ひとつひとつの音が鮮明になっているのはなんとなくわかります。
それより、どれ聴いても“捨て曲”がひとつもない。
当の本人たちは後になって「この曲のスキキライ」などを言っていたりもしていますが、レコーディングは真剣だったんでしょうね。

当時、個人的には“Help!”〜“Revolver”あたりの実験期がいちばんスキだったのですが、このリマスタリング盤を聴いて、どの時代のビートルズもいいなぁと思うようになりました。


これで、少なくとも50年先でもビートルズは世界中で語り継がれるでしょうね。


最初のハナシに脱線しますが・・・、
中学生当時の音楽の教科書でも“Yesterday”、載ってました。
最初の音符の配列に、どうしても違和感がいまも拭いきれない。
少なくとも20世紀の音楽は、せっかく当時の演奏者の音源が残っているのだから、音楽の教諭はそういうところにもっと目をつけて、最初は能書きなしでその音楽を聴かせてあげてとりあえずは感想を言わせて、そこから“音楽の授業”をすればいいのにねと思うのは自分だけでしょうか。

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2009年9月12日 (土)

一歩手前だった

3年ぶりにやられてしまった。
急性咽喉頭炎が再発・・・。


毎年の健康診断では「どこも悪くない」を続けているのですが、どうも喉だけは弱いみたいで・・・。
2日ほど前から喉が痛くなり、昨日は声が出なくなり、昨晩は咳払いしないと喉の痛みにガマンできず結局一睡もできなかった。
今日はジムへ行きたかったけどキャンセルして病院へ。

前回と違い、点滴こそ逃れたが(過去記事参照)、センセイいわく、
『ん〜、一歩手前だねぇ。これ以上ひどかったら手術になってたかもしれないよ!』
「・・・(コトバが出なかった。つか、物理的に声出せないんだけど)。」

たぶん、先週の上海がきっかけなのは容易に想像がつく。
ハッキリ言って空気はすごく悪かった。天気はいいはずなのにスモッグで空はなんとなく黄色かったし、高層ビル立ち並ぶ繁華街でもかなりホコリっぽかった。
細菌性の病気だから、そこでおそらく・・・。

油断していました。
幸い薬だけの処方となりましたが、センセイからは、
『極力声を出さないこと!』
『タバコは吸わないみたいだけど、アルコールと刺激物もやめてね。』


しばらくおとなしくしています・・・。
でも来週はいよいよ五連休の旅行があるから、意地でも治しますが。

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2009年9月11日 (金)

あの年あの時

この日。
世界的に見れば、こっちでしょう。

帰宅後の夕食中、「あれ? この時間、このチャンネルで映画やっていたっけ?」と思いつつTVを見ていると、1時間ちょっとの間にふたつのビルが崩壊していく瞬間を“ブラウン管越しに”見ていて、「これはただごとではない。」と何気に気がついてしまった。


でも、
その1年前の、この日。
自身にとっては、こっちでしょう。

仕事を適度に切り上げ、「あれ? なんか、道路が水浸しになっている。」と思いつつなんとか駅にたどり着くと、膝下まで浸かっている中、周辺のクルマが次々と再起不能になっていく瞬間を“肉眼で”見ていて、「これはただごとではないかもしれないけど、その瞬間ではそうとは思えなかった」と自分自身へ自問してしまった。


世界的にはあの“9.11”。
でも、自分的には“東海豪雨”。


あの日、よく無事に帰宅できたなと思う。
会社から駅までの道のりと、駅から自宅までの道のり。水浸しになりながら向かっていたことだけは覚えている。
幸い、川に近い位置でありながら自宅が無事だったのが今思うと信じられない。


自然災害と人為災害という違いはあるけれど、
「備えあれば」というコトバに限界はないのかな、と。
2000年と2001年のこの日に起こった出来事で感じるのでありました。

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2009年9月 8日 (火)

変わっちゃったの?

ある企業がイメージアップ、もしくはイメージチェンジするために、社名を変えたり、社名は変えなくとも企業のロゴマークなぞを変えるのはよくある話。
最近ではパナソニックへの社名変更がありますね。
個人的には「ナショナル」のブランドは残して欲しかった気もしますが。
あとは某冷凍食品会社が社名変更するのを今日のニュースで知りました。
でも、売れ筋の商品は「加ト吉」のブランドで残すそうですが(“某”の意味ないじゃん・・・でも、そういう手もあるのね)。


最近、TVを見ていて某菓子メーカーのロゴが変わっていることに気がついた。
「ひょっとして、あの商品もパッケージが変わるのかなぁ。でも、さすがに会社の代表商品だからそれだけは変えないでしょう。」なんて思っていたら、今日の帰り、駅張りのポスターでその“代表商品”のパッケージデザインまでも変わっていることが判明。

駅を出て、慌ててコンビニに駆け込みましたが、
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セーフ・・・。

棚には残り数枚。たぶんこれがなくなった時点で新パッケージに変わるのだろう。
個人的・・・いや、それなりの割合で、「なんで変わっちゃったの?」と反応されていることと思います。

調べたら、80年以上販売されているチョコレートで、上のデザインは1971年から続いていたとのこと。
かつ、先代ロゴマークのデザインが亀倉雄策と知り、亀倉デザインのファンとしては「なんで変わっちゃったの?」という疑念が拭えない。
あの森永製菓。かつてロゴマークは変わっても代表商品のミルクキャラメルのデザインだけは変えなかった(今も変わらない)のに対し、この企業のブランドイメージってこんなものなの?と正直思ってしまったのです。

時代に即して、変わらなければならないものは多々あるけれど、
時に、変えてはいけないものだってある。

「チョコレートは・・・なんだっけ?」という時代が来ないことを祈りつつ・・・。


ちなみに、
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ひとくちタイプはすでに変わっていました。
現代的かもしれないし、下段のフォント自体は好きな部類なのですが、
・・・なんか、しっくりこない・・・。

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2009年9月 6日 (日)

Chaotic Shanghai

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<2009年9月3日 上海・外灘(ワイタン)を望む(パノラマ合成)>


昨日までの3日間、上海へ出かけておりました。
(実は会社の慰安旅行)

10数年ぶりの海外、初めての中国。
限られた時間かつ団体旅行の行動制限もあり、道中いろいろありましたが、充分な旅行でした。

いつもならこのブログ、文章も写真もダラダラ綴るところなのですが、今回は冒頭と、以下の2枚だけにさせてください。


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<2009年9月4日 上海・泰康路(タイカンルー)にて>

これを納めてから、帰国するまで何故かこの風景ばかり浮かんできたものですから・・・。

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2009年9月 2日 (水)

新装版と浮世絵の共通項

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上の4冊と下の3冊は同じもの、なのですが・・・。

自分は21世紀冒頭になってから知ったのですが、
20世紀終わりから3年間連載されていた“あずまんが大王”というマンガが面白いよ、と人伝いや風の噂に聞いて、最初マンガ喫茶で読んでみたらハマってしまい、その直後に単行本4冊を一気に買って、さらにハマってしまった経緯があります。
それもそのはず。後の4コママンガを変えるほどの革新的なもの、だったそうな。

それが10年経った今年。
6月〜8月にかけて装いも新たに“新装版”が出たということで、こちらも買ってしまいまして。

ですが、この新装版がスゴイ。
各巻に“補習”と称する書き下ろしが追加されている他、全体の6割を新たに書き直したという。
絵のタッチや、一部全く別の内容に差し替えられていたり、または例えば映画のチケットを購入するシーンで時代背景が10年前の当時とは違う、現代的なものに改められていたり。


それらを見ていて、ふと思ったのが、
「これ、浮世絵の再版に通ずるものがあるよね?」

浮世絵に興味を持ちはじめてから、初摺(しょずり)と後摺(あとずり)の違いと書籍の初版本とそれ以降の違いについての共通項については過去書いたことがあるのですが、
実は有名な広重の五十三次は明治になってからも摺られていたらしく、同じ絵であるはずなのに“そのもの”と言っていいほど最初とは違っていて「なにこれ?」と言わせるほどの別物になっていたのを美術館で見たことがあります。
絵師の存命時でも、同じ浮世絵に対して初摺と後摺で版元(出版社)が変わっていたり、例えば宿場町ののれんにスポンサーを入れていたのが、版が変わると別のスポンサーになっていたり、なくなっていたりするのはよくあること。

今回の新装版と浮世絵文化の共通項を“半ば強引に”照らし合わせると、
・出版社が違う
 (そもそも、元の単行本も継続発売されているようだが)
・絵のタッチを変えている
 (浮世絵は彫師が変わる影響もあるが、これは作者本人が)
・一部、全く違う絵や内容になっている
 (浮世絵も人物が入れ替わっていたり・・・なんてのがけっこう)

・・・いくつか、浮かぶんですね。

そういうことに気がつくと、歴史を見ていくことって、結構面白いんじゃないかと、そう思うわけです。
過去も書いた覚えがあるのですが、「歴史はこういうところで繰り返されるんだなぁ」と思うと、歴史本や、偉人の伝記もそれなりの意義があるんだと思ったりもします。


もっとも、自身はそれが「どうでもいい方向」に走ってしまうのが難点ですが・・・。


【お知らせ】
明日3日〜5日まで、所用により家を空けるため、
次回のブログ更新、ならびにコメント返信は6日を予定しております。
(事実上初の3日空き・・・でも、サボってるわけではありませんから)

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