« 明日はオノボリ | トップページ | うへぇ »

2009年3月 8日 (日)

浮世絵の“裏側”を見る

(この日記は9日に作成いたしました)


この週末、日帰りであるところまで行ってまいりました。

P1000445 P1000452_2
朝、新幹線で東京(厳密には品川)まで、
(やっぱりグリーン車はいいなぁ・・・格安きっぷ使ってるけど)

P1000453 P1000455
品川から総武線で千葉まで向かい、そこから成田線に乗り換え。

P1000457 P1000461
この駅で降りて、さらにバスで15分。
バス停を降り、坂を登る。

P1000465 P1000467_2
梅の花にみとれながら、しばし歩くと、ある建物が・・・。

P1000471
れきはく?? その正体は、

P1000469
これです。国立歴史民俗博物館
「なんで千葉まで、しかもこんなカタグルシイ施設まで。」とお思いの方。じつは自身にとってカタグルシイことは一切しておりません。前日のブログでも上げましたが、ラジオを聞いてしまったばかりに、ついつい・・・。

で、何を見たかったのかといいますと。

P1000489コレ。
昨年から浮世絵にハマリだしたというのは何度と綴っていますが、今回の企画展は今までと違う。
浮世絵の一種として、北斎とか広重とかに代表されるような一般販売向けにつくられた多色刷り版画を“錦絵”といいますが、その錦絵を芸術的視点ではなく、技術的/民俗学的に見ていこうという展覧会。
もっとカンタンにいうと、『錦絵業界のウラ側、すべて見せます!』という企画です(←あながち間違った例えではないと思う)。

そもそも「浮世絵は芸術ではない」という突拍子もない考えからハマっていった興味。
たぶん全国巡回もしないだろうし、思い切って行っちゃうしかないと。

P1000477
到着した時間。ちょうどガイドツアーが始まるというので、タイミングよくそれに参加。ガイド(学芸員)の説明を受けながらスペースを回る。

回ってみて改めてわかったことは、
・当時はいろんな世相/風俗を絵に表したのが浮世絵(錦絵)であり、今でいうなら有名人(当時は歌舞伎役者が代表格)のブロマイド、今でも新聞にある風刺画(幕府の統制下、といっても誰でも政府に対しては何かしら言いたい)。あとは立場上ここにはありませんが春画も現代でいうアキバ系のそれと仮定すると、結局のところは江戸時代だからって庶民の興味は今とさほど大きく変わっていないということ(前にも書きましたが、アキバ系が100年後の芸術になりうるという私論もそういうきっかけから)。
・あらゆる出版物と同じで、「売れるものもあれば売れないものもあった」し、幕府の検閲で日の目を見なかったものも多数あるらしい。そのときの旬が大事であり、やっぱり二番煎じもこの時代にはあって、売れるもののあとに別の作家が二匹目のドジョウを狙ったりという、これも商売としては今となんら変わっていないということ。

・・・すげぇ興味わきますね。こういうの(自分ひとりが)。


で、この企画展の最大の見せ物が、

P1000535_2
当時の“版木”が公開されていること(これらは撮影禁止だったので、図録から撮っています)。

その前に、錦絵がどうやって刷られているかをカンタンに説明しますと。
P1000480_2
こういうことです(手抜き)。それを踏まえて・・・、

多色刷り版画ということで、それの元となる“版木”は当時は一度使用したら廃棄したり、次の絵を刷るために削って再利用していたそうで、それらが現存している例はまずなかったそうです。
しかし、昨年某所で当時の版木が大量に見つかり、博物館がそれを買い取った。
それ自体世界的な大発見らしいのですが、残った絵の具や彫りの状態を研究していくと、さらなる事実がわかってきて、それと同時にさらにわからないことが・・・なんだそうで。

実際、この目で版木を見ますと、1枚の版木で表裏使っていたり、欄間職人もうなるであろう立体的で緻密な彫り(測ったらコンマ何ミリの世界だという。版画なのに立体的に彫るのは“板ぼかし”という技があるから)、摺師(すりし:実際に絵の具をつけて絵を刷る人)への色の指示が想像以上に簡潔だたり(血を表すために“ちのいろよろしく”とあったり・・・これはメディアでも話題になった。実際に絵を見ると単に一色で表していなく、情感を出すため場所毎に色が微妙に違う)・・・。

さらに、
P1000478
こういう機械を開発して、残った絵の具からどのような色や顔料を使っているかの研究もしているそうで。
まだまだ研究中ということで、わからないことも多々あるそうなのですが、理系全開!の研究ですので、自身にはさっぱりわかりませんでした・・・。
ですが、これらがわかってくると、現在は紙が色あせた状態で眺めている絵も、当時はどのような色だったのかというのがわかってくるのだそうです。

現代の眼で見れば「当時の技術はスゴイ!」と思います。だってコンピュータも何もない時代にこれだけのことをしていたわけですから。
ですが、CG全盛の現代も、それは「使い方」だと思うんですね。
CGの場合はCMYKとかPANTONEとかDICとか、あらかじめ決められているカラーチャートに沿って色が決められますが、その色を決めるのは作る側の技量とセンスだと思っています。
自身、仕事では縁がないためそういうのには無知ですが、たぶんCMYKのひとつが1番違うだけで、微妙に色合いが変わるだろうというのはわかる人にはわかるであろう。彫師のコンマ何ミリの線の太さの違いや、摺師が行なう絵の具の混ぜ具合と、CGの色設定はそれくらい共通していると思うんです。
それも、プロの世界で浮世絵に関わる人と、CGに関わる人はそれらを自らの感覚として、無意識にしているのでは・・・と(町工場の旋盤工も同じことが言えますね)。

仮に100年後、CGに変わる何かが普及していて、100年後のひとが見た21世紀初頭のCGが、今の時代に我々が見ている浮世絵と同じような感覚になるのではないかと思うと、CGは冷たいと一辺倒に片付けるのではなく、もうちょっと違った見方があるのではないかと。
そもそも、浮世絵なんかもともと庶民の買い物でしたし、ましてや当時の庶民は彫師/刷師のことまで意識していなかったと思うんですね。

それらを考えると、今回の企画展。
まさに“民俗学的”に見ることができた、貴重な経験でした。
ますますいろんな浮世絵が見たくなってきました・・・。


ちなみに、常設展もスゴイ。
P1000482
日本の歴史を民俗学的にあれこれ並べられています。
(写真は古墳の模型の向こうに、書院造の建物の模型が)
時間の都合で駆け足で見るのが精一杯でしたが、マトモに見ていたら1日では足りないくらいの広さと展示物の濃さ。もう一度見に行きたいくらい。

P1000485 P1000487
しかも、こんなものも・・・。
「都市の風景」というスペースの一角。これらが何を説明しているのかはHPでヒントがありますし、実際に行かれるとわかると思います。
このへんが単なる歴史博物館とは違う趣向ですね。

|

« 明日はオノボリ | トップページ | うへぇ »

コメント

あれ?これ以外もハッシー的な行動したんでしょ。これだけのはずはないような。

投稿: N氏 | 2009年3月10日 (火) 21:50

N氏>
これがメインですよ。
特に遠回りもしてないし。

投稿: Hassy | 2009年3月11日 (水) 19:35

とても興味深いですねぇ、錦絵!
本当に、昔の人は凄いなぁって思います。

>CG全盛の現代も、それは「使い方」だと思うんですね。

私も、そう思えるようになりました。
人それぞれのセンスで随分イメージは違うし、
CGならではの良さもありますよね!
絵筆もパソコンも、道具なのですよね。

昔の人が、CGを覚えて何かを作ったとしたら
一体どんな作品が出来るのだろう…
などど思ってみたりしました(笑)

投稿: aoi | 2009年3月13日 (金) 10:22

aoiさま>
>昔の人が、CGを覚えて何かを作ったとしたら
>一体どんな作品が出来るのだろう…
どんな作品ができるのでしょうかねぇ。
でも、絵のタッチや色は変わっても、その奥深くにある「作者のセンス」はさほど変わらないと推測します。

実は、同じ千葉県佐倉市内の別の美術館で、もっとすごい展覧会があったんです(職場の企画K氏が教えてくれた・・・しかもこのブログ見てから言い出すし)。

・・・もう一度、佐倉まで行かないといけないようです(笑)。

投稿: Hassy | 2009年3月13日 (金) 12:42

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111223/44296062

この記事へのトラックバック一覧です: 浮世絵の“裏側”を見る:

« 明日はオノボリ | トップページ | うへぇ »