ありがとうございました(2015年5月31日)

一週間前に「ブログを終了する」と宣言しまして、
その間、最後の旅行記事をアップしまして、
(実は今日、4時間で全ての日記を書き上げたのはナイショ。。。)
 
 
ちょうど10年前の2005年6月1日(厳密にはテストアップがあったのでさらに数日前ですが)。
この“日々綴文(ひびてつぶん)”は始まりました。
ちょうど、愛知万博が開催中だったころ。
 
タイトルを決めるとき、
「『徒然草』って言葉、意味ありそうであんまり意味ないよね」
「やっぱり四字熟語かな?」
「それも、オリジナルで、語感も気にしつつ、なんか後に残りそうなのがいいかな」
 
そんなことを考えながら、辞書を引いていたら、「綴文」という言葉が、目に入りました。
意味は『文章をつづること。作文。』って、それだけ?
でも、それだけ単純な意味の方が、わかりやすくて、いいな。
 
「てつぶん」「ていぶん」。ふた通りの読みがあるそうですが、
「日々文章をつづっていく・・・ひびていぶん・・・ひびてつぶん。。。あ、これいいんじゃね?」という安直な経緯で、このブログのタイトルは、決まりました。
 
 
それから10年間。
よくもまぁ、続いたものだ。
それも「読書しない点では誰よりも自慢できる!」人間が、逆にダラダラと長文書きっぱなしなんだから、人間の性格ってようわからん。
でも、それが、ごくごく一部の方には、ウケがよかったようで。
そのごく一部で、よろしいかと。
 
 
そして、このブログを続けていくうちに、もうひとつ生まれた言葉。
審微眼」。
昔からの読者はもう聞き飽きているので「またか!」と思うでしょうが、最後なので。
 
2009年の沖縄旅行から生まれた、この言葉。
ここからダラダラ綴っています)

審美眼とは違い、審“微”眼、とは。。。
美的センス、本物を判断する眼力とは違い、その一瞬でどういう判断をするのがいまのベストなのか。それは場所、時間、その他もろもろのシチュエーションがからみあい、そのバランス次第で小さくも大きくも影響するほんの微々たる差を瞬時に決める力。
 
特に旅行では、常にこれを働かせて行動してきました。
それが、ほぼ、うまく機能しているのが、自分でも素晴らしいと。
でも、反面、普段の生活や、仕事面ではまったく生かされないのが、ねぇ。。。
 
 
最後の半年はアップも途切れ途切れになり、そういう理由もあって終了を決めたのは先週の記事に書いたとおり。
でも、よく続きました。
数多くあるブログ、絶対に「自然放置」だけはしたくなかった。
終わるからには、いちおう、ごあいさつとけじめだけは、つけないと。
 
 
これを最後に、このブログは終了いたしますが、
しばらくはそのまま存置しておきますし(仮に閉鎖する場合は前もって知らせます・・・たぶん)、自身の10年間の記録。日記とはまた違う表現で、ネット上には足跡を残しておきたいので。
「あぁ、こういうどうでもいい人間がいたのか。」と。
 
 
いまはFacebookに軸足が移っています。
もちろんTwitterは気まぐれではありますが今後も続けますし、もしこのブログの読者でFacebookの中身を見たい方がいらっしゃれば、コメント欄にてその旨書いていただければ、こちらから直接メールしていろいろお伺いさせていただきます。
(ただし、決して無条件で承認するわけではありません。あしからず)
 
 
「10年間過ぎれば疾風の一区切り」
一度きり、常日頃関わらず、このブログをご覧いただいたすべての皆様に御礼申し上げます。
 
 

また、別のところでお会いできますことを。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)